◆ 古田晁、太宰を救う一途な思い
古田晁は、太宰が日に日に体が病んでいるのを感じていました。
彼の仕事場には、覚せい剤のアンプルが転がり、無理をしながらの
執筆であるのは明らかでした。
古田は、太宰へ進言できる唯一の頼みである井伏鱒二に、
できるだけ早く、太宰としばらくの間、生活をともにして欲しいと
頼み込みます。
場所は、井伏との思い出の地、山梨の御坂峠。
「でもこの時期、食料には困るのではないか?」 ( 井伏 )
「私の家は信州塩尻です。実家なら米や食材は揃います。
毎週リュックに詰めて、宿へお届けします。」 (古田 )
「じゃあ、一週間ほど付き合うか。」 ( 井伏 )
「一週間では少ない、せめて一ヶ月は一緒にいて欲しい。」 ( 古田 )
「では一ヶ月だけ。」 ( 井伏 )
何とか了解を取り付け、古田はさっそく実家の塩尻へ、米と食材を
求めて出かけます。
◆ 古田なき大宮へ、太宰再訪
太宰は6月12日、ひとりで大宮を訪れます。
宇治病院の母屋の縁側で縫い物をしていた院長の娘、節子さんが
ふと見ると、太宰の姿がありました。
「古田さんいる?」 ( 太宰 )
「今、信州に行ってます。明日あたり、帰るはずですが。。。」 ( 節子 )
太宰、しばらく放心、
「。。。。いや、また来ますよ。くれぐれも古田さんによろしく。」 ( 太宰 )
そう言い残し、その場をあとにしました。
太宰はそのあと、小野沢宅へも訪問。
「グッドバイがうまく書けなくってね。悩んでますよ。」 ( 太宰 )
そう言って、寂しそうに帰って行きました。
◆ 古田、行き違いでの帰宅
古田が、実家で集めたたくさんの食材を詰め込んだリュックを背負い、
大宮へ帰宅したのは14日のことでした。
節子さんから、太宰が訪ねてきたことを聞き、胸騒ぎを感じます。
そこへ、
「ゆうべ、太宰が玉川上水に身を投げたらしい。」
との一報が入ります。
古田は、
「会っていれば、太宰さんは死なんかったかもしれん。」
と、悔やみます。
太宰がなぜ、大宮まで古田を訪ねてきたのか。それは闇の中です。
それにしても、古田のこんな一途な努力も知らず、太宰の遺書に
「井伏さんは悪人です」
と書かれては、張本人の古田はどんなにか辛かったことか。。。