鴻巣さんぽ版 第 五 の 巻 音源はこちら


先々週の「鴻巣さんぽ版第三の巻」で、大逆転の人生を送ったとご紹介した

源経基(みなもとのつねもと)くん。

その8代あとに、ご存知、源頼朝(よりとも)くんが登場します。

彼もやはり、結構ダイナミックな人生だった訳ですが、弟義経(よしつね)を

討つなど、その冷酷さから、人気はいまいちですよね。

でもそんな頼朝(よりとも)くんが、その生涯の中で唯一心を許す事ができた

まさに「心の友」が、鴻巣に住んでいたのです。

今では、夏になると、花火大会で賑わう糠田(ぬかた)グランドのあたりには

安達盛長(あだちもりなが)という人の屋敷がありました。

今日は、その人のお話です。

時は、1160年のこと。

後白河法皇(ごしらかわほうおう)さまが、平清盛(たいらのきよもり)くんと

手を組み、源氏を率いる、源義朝(よしとも)くんを討って、勝利を納めたと

いう、「平治の乱(へいじのらん)」のあとです。

義朝(よしとも)くんの三男だった頼朝(よりとも)くんは、当時13歳。

順当なら、源(みなもと)の家系を継ぐ身分として、殺されるはずででしたが

平清盛くんの奥方様のご慈悲(ひじ)で、彼は生きながらえ、そのかわりに

伊豆の蛭ヶ小島(ひるがこじま)に、島流しにされることになります。

その際に、頼朝くんに使えたのが、安達盛長(あだちもりなが)くんでした。

彼が25歳の頃でした。

盛長くんの奥様のお母様が、頼朝くんが幼少の頃の乳母(うば=育ての母)

だったことが縁でした、

ひとり隔離され、陸から遠く離れて、身内もいない孤島で、ひっそりと暮らす

実に20年間の長き間、頼朝くんにとって、盛長くんの存在は、どんなに心を

癒したか。。。

この島暮らしの頃に、ある物語があります。

頼朝くんは、伊豆国(いづこく)の豪族であった、伊東祐親(すけちか)くんに

監視されて、日々暮らしていました。

そんな中、頼朝くんは、何と、伊東くんの四女に手を出して、子供が出来て

しまいました。

父、伊藤くんは怒った!

生まれてきた男の子を、すぐさま殺してしまったのです。

そんな事があったのに、根っからのオンナ好きの頼朝くん。

落ち込むどころか、今度は、同じく監視役の北条時政(ときまさ)くんの娘に

手を出します。

ラブレターを書き、盛長くんに、キューピット役をお願いしたのです。

北条くんには3人の娘さんがいましたが、次女さんと三女さん(匿名希望)は

既にバツイチ。

頼朝くんも、自分もバツイチとして、さすがに初婚の人とは気が引けたのか

次女さんにあてて、「19歳のキミが欲しい」と書き記(しる)します。

しかしその次女さんは、かなりの悪女と評判だったので、盛長くんは反対し

こっそり、ラブレターの中の「19歳」を「21歳」に書き換えて、当時、独身

だった、長女さんに渡してしまいます。

長女さんは、もらったラブレターに「ググッ」と来ちゃったのでしょうか、即刻

「OK!」を出しました。

それが、歴史にも登場する北条政子(ほうじょうまさこ)さんです。

当時は、お見合い写真等もなく、顔も見ないで結婚しちゃった時代ですから

頼朝くんも気が付かなかったのか?

それとも、会ってみて「あ!これでいいや!」とか思ったのか。。。

源頼朝くんが、密かに軍勢を整えて、平家を攻撃する準備をしていた頃も

関東各地や、京から下ってきた源氏たちの様子を見聞きし、逐一報告して

攻撃のタイミングを決意させたのは、盛長くんだったようです。

1180年、頼朝くん、いよいよ出兵!

小田原での「石橋山(いしばしやま)の戦い」や、「富士川の戦い(静岡)」、

幾度となく繰り返される、平家との戦(いくさ)を制し、ついに鎌倉に拠点を

構えます。

また、東北にて藤原一族を滅ぼした時も、源頼朝くんのそばには、いつも

盛長くんが一緒でした。

そして、1192年。

父のカタキ、後白河法皇さまは亡くなり、イイクニツクロウ、鎌倉幕府誕生。

結局、頼朝くんが不慮の事故で亡くなる1199年まで、親類縁者以外では

常に、側近中の側近として、そばにいたのは、盛長くんだけだったようです。

親兄弟だって殺しあうこの時代に、彼との信頼は相当深かったのですね。

盛長くんは、頼朝くんが亡きあとに、出家し連西(れんざい)と名乗ります。

その後も、引き続き、政治の中心人物として活躍し、大きな功績があった

ようですが、残念ながら翌1200年、頼朝くんのあとを追うように、66歳で

この世を去ります。

安達盛長くんが、武蔵国(むさしのくに)足立郡、今の鴻巣市周辺に住んで

いたのは、源頼朝くんの側近となる以前のこと。

ちょうど、堤防の内側の、野球グランドあたりがそうだったようです。

また、その館(やかた)あとの一角にある、放光寺(ほうこうじ)は、盛長くん

が、源頼朝くんの無事を祈願するために創建したと伝えられます。

お堂の中、一番左には、ちょうど出家して、蓮西(れんざい)と名乗った頃の

木像(もくぞう)があります。

先日、大改修を終えて、彼の鋭い眼差し(まなざし)が復活しました。

大事な人に、絶大なる信頼を得たい方は「リアル盛長くん」に会いに行って

見ませんか?


( 第五の巻 おわり )


今日のさんぽの一品

いやぁ、今回のさんぽの一品はかなり苦戦しました。

この糠田(ぬかた)という地域には、お店がない!

その周辺の地域を、自転車でくまなく巡っても、とにかくそういったお店が

見つかりませんでした。

半年以上続けてきたあじたまも、ついに、美味しい味をお伝えできずに

終るのかと思うとつらくて、半ベソになりながら、自転車をこぐ私でした。

ちょうどお昼を過ぎ、1時を回っていたので余計ですよ(泣)

フラフラになりながら、放光寺(ほうこうじ)前の道から中仙道へ向かって

自転車を走らせ、通りに出てすぐ目の前に見つけた、そんなオアシス的

な店を、今日はご紹介です。

ステーキ屋さんの「にんにく村」です。

お店は、喫茶店のようなこじんまりとした感じですが、外に貼ってあった

メニューを見てびっくりです。

鴻巣で、初めて見つけた、本格的なステーキが食べられるお店でした。

ステーキは、リーズナブルなお肉から、とびっきりのお肉まで揃っていて

お肉の焼き方も、ベリーレアからベリーウエルダンまで、実に7種類の

焼き加減をお願いできるとか。

というか、こんなに多くの種類があるなんて、ファミレスでしかステーキを

普段食べない私は、まったく知りませんでした。

おぉ!ランチのラストオーダー1時半まであと10分だぁ!

何はともあれ、まずは突撃!

例によって、お昼をご一緒する、おしゃべりな奥様方であふれています。

お昼のランチは、550円の鳥めしのランチから、1260円のサーロイン

ランチまで15種類。

すべて、サラダ、ライス、おしんこ、味噌汁つきです。

実は私、ここで大失敗!

ステーキ屋さんだって言うのに、「カキ」に目がない私は、カキバターの

ランチを注文してしまった。

でも、ジュージューいう鉄板の上には、広島産の大きなカキが7個も!

バターの絶妙な風味とあいまって、とても美味しかった。

そうした所、おとなりにいた○○新聞の配達員さんが、手作りの和風

ハンバーグランチ(150g!)を注文。

これもね、ハンバーグがふっくらしていて、美味しそうだった。

モヤシが、山になっていて、栄養のバランスも抜群って感じ。

ランチの営業時間が過ぎても、営業マン風の人や、ヤクルトおばさんが

飛び込んできた。

なるほど、外回りの人たちが、揃ってお気に入りのようです。

そういお店は、たいがい美味しいって相場は決まっているのです。

マスター、こんどはちゃんとステーキを注文するね。



■ 旅の情報

○ 鴻巣市糠田グランド( 安達盛長屋敷あと )
住所 : 鴻巣市糠田(ぬかた)1073-1

○ 放光寺(安達盛長ゆかりの寺)
住所 : 鴻巣市糠田(ぬかた)1439

○にんにく村 ( 本格的ステーキ屋さん )
住所 : 〒365-0062
鴻巣市箕田3819-12
電話 : 048-597-3989
営業 :11:30-13:30、17:00-22:00(火・水 定休)




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