鴻巣さんぽ版 第 六 の 巻 音源はこちら


明日、2月3日は節分の日ですよね。

皆さんのお宅では、豆まきはしますか?

たいがいのご家庭では、この日、豆まきをしますよね。

春をむかえる前に、家族の無病息災を祈り、鬼を追い出す訳です。

お父さんたちは今年も、鬼役ですね。

でも、全国の「渡辺さん」のお宅では、豆まきをしないって事を、皆さんは

知っていました?

「えぇ?俺んちじゃ、ずっと前からやってるぞ!」

そうおっしゃる、そこの渡辺さん?

それには、理由があるのです。

今日はそんなお話です。

鴻巣さんぽ版の、「第三の巻」で、嵯峨天皇(さがてんのう)さまの頃から、

皇族から離れざるを得ない人たちが、源氏、平家になった、というお話を

しましたね。

その嵯峨天皇さまの12男である、源融(みなもとのとおる)くんも、やはり

源氏として、新しい地を探して、長い旅を続けていました。

ちなみに「源氏物語」に登場する永遠の美男子「光源氏(ひかるげんじ)」

は彼のことなのです。

源融(みなもとのとおる)くんの孫にあたる、源仕(もなもとのつこう)くんが

鴻巣にやって来たのは、あの暴れ者、源経基(みなもとのつねもと)くん

が、勢力を伸ばしていた、あの頃でした。

経基(つねもと)くんと、剣(けん)の達人の仕(つこう)くんとは、すっかり

意気投合してしまいました。

仕(つこう)くんは、足立郡の箕田(みだ=現在の鴻巣市箕田)周辺に

館(やかた)を構え、自分たち一族を、「箕田源氏(みだげんじ)」と名乗る

ことにしました。

「箕田源氏」は、それから三代に渡り、この鴻巣にて、勢力を伸ばします。

その三代目である、源綱(みなもとのつな)くんは、953年に、ここ鴻巣で

生まれました。

しかし、若くしてお父さんを亡くし、母方の実家に預けられる事になります。

そして、摂津国(せっつのくに)渡辺へ移り住みます。

摂津国渡辺というのは、現在の、大阪市西成(にしなり)地区あたりです。

綱(つな)くんは、そこの地名となっていた「渡辺」の名を取って、渡辺綱

(わたなべのつな)と、日本で初めて「渡辺」の姓を名乗ります。

綱(つな)くんは、剣術に優れ、平安の武将、源頼光(みなもとのよりみつ)

の、四天王(してんのう)と呼ばれ、大活躍しました。

余談ですが、四天王のもうひとりである、坂田金時(さかたきんとき)くん。

この人は、幼い頃、あの足柄山の金太郎だった人です。

綱(つな)くん、実に多くの伝説を持った人でした。

昔むかし、丹波の大江山(おおえやま)に、酒呑童子(しゅてんどうじ)と

呼ばれる、6mもある大きな鬼が住んでいました。

夜になると、村人たちを襲っては、財宝を盗み、美しい娘を見つけると

さらって食べてしまいます。

そこで、頼光(よりみつ)くんと、四天王たち一行は、鬼退治に出かける

ことにしました。

彼らは、山伏(やまぶし)に扮(ふん)して、酒呑童子(しゅてんどうじ)に

たくさんの酒を呑ませ、敵とは思わせないように、ふるまいます。

鬼が、すっかり酔っ払ってしまい、足元もふら付いてきたと見るや、頼光

(よりみつ)くんが、刀を一撃!

首を斬りつけ、それでも生きている鬼に今度は綱くんが、目をひと突き!

ようやく、鬼を退治したのでした。

それから数日たったある日、綱(つな)くんが、羅生門(らしょうもん)で、

仲間たちといた時に、また大きな鬼が現れました。

酒呑童子(しゅてんどうじ)の一番弟子だった茨木童子(いばらきどうじ)

でした。

鬼は、綱(つな)くんに襲い掛かってきましたが、彼は、その片腕を刀で

斬り落としました。

鬼は、その片腕をそこにおいたまま、悲鳴をあげながら遠く空へ逃げて

行きました。

そして、綱(つな)くんは、その片腕を家に持ち帰りました。

しかし、その扱いに困った綱(つな)くんは、あの陰陽師(おんみょうじ)、

阿倍晴明(あべのせいめい)くんに相談しました。

「鬼は、必ずその腕を取り返しに来るから、腕を箱に封印し、

家の前にお札を貼って、七日間閉じこもるように」 ( 阿倍 )

彼はそう指示します。

七日間のあいだ、様々な鬼たちが彼を攻めてきましたが、お札の効果も

あって、難を逃れることができました。

しかし、最後の日に、綱の乳母(うば)が現れ「鬼の腕を見せてほしい」と

言ったので、箱を開け、鬼の腕を乳母に見せると、乳母の姿は茨木童子

の姿に変り、その腕を持って、天高く去って行ってしまったそうです。

そんな、数々の鬼退治の伝説を持つ渡辺綱(わたなべのつな)は、鬼たち

からは特に恐れられ、今でも「渡辺さん」のお宅には、現れないのだとか。

旧中仙道沿いにある「氷川八幡神社」は、別名「綱八幡神社」とも呼ばれ

綱(つな)の祖父から続いた、箕田源氏たちの重要な神社だったようです。

境内(けいだい)には、そんな箕田源氏の足跡(そくせき)を伝えるために

江戸中期に建てられた「箕田碑(みだひ)」があります。

箕田源氏の生い立ちや、その功績をたたえ、またその末裔(まつえい)が

武蔵国(むさしのくに)の武士たちであることが書かれてあります。

そして、特別ゲストには、松尾芭蕉くんが、一句読んじゃったりして。

また、そのすぐ裏にある立派なお寺、「宝持寺(ほうじじ)」は、渡辺綱が、

祖父、仕(つこう)、父、宛(あたる)を祭るためにと創建したものです。

お寺には、何と、綱が鬼を退治したとされる刀も残っています。

この「渡辺綱(わたなべのつな)伝説」は、今でも、歌舞伎や浪曲などでは

定番のお話となっています。

でも、その綱(つな)が、実は、鴻巣生まれってことは意外と知らないはず。

みなさん、覚えておいてね。

鬼をも寄せ付けない、最強のオトコになりたいあなた。

この渡辺綱の生まれた箕田あたりを、訪ねてみてはいかが?



( 第六の巻 おわり )


今日のさんぽの一品

そして、今日のさんぽの一品です。

鴻巣市の箕田(みだ)という地域は、かなり広いのですが、今日ご紹介する

お店は、国道17号沿いにあります「和風レストラン とき」です。

実はこのお店、国道沿いということもあって、かなり前から、お店の存在は

知っていました。

でも、店がまえがたいへん大きいく、見た目がファミレス風なので、ちょっと

敬遠していたのです。

しかし今回、お店に初めて入って、その固定概念は、すっかり変わりました。

まず入ってすぐ、看板娘のおばあちゃんがお出迎え。

「いらっしゃぁ~い」

おぉ、なんか、なごむなぁ。

お馴染みの、近くの工場のお客さんや、順番待ちしてるサラーリーマンにも

常に気配りして、声を掛けています。

他の店員さんも、明るくテキパキしていて、見てて、とても気持ちがいいです。

私は、日替わりランチを注文しました。

今日のメインは、おっきなメンチカツが2個、それに大盛りご飯と、おしんこ

さらに温かいそば、またはうどんもついて、何と650円!

全部手作り料理って感じで、お味もなかなか美味しかった。

ちょうど食事が済んだグッドタイミングで、おねえさんが「ほうじ茶でぇす」と

お茶を持ってきてくださるあたり、お客さん一人ひとりに目を配っているなと

感心しちゃいます。

そんな心配りに、お店の誠実さが見られます。

その他にも、てんぷらランチ800円、刺身ランチ900円など、安くて豊富な

ランチメニューがたくさんあります。

それでいて、ちゃんとした和食料理も揃っているし、大きな座敷があるので

法事や会合など、行事にもOKのようです。

お昼過ぎは、ちょっと混みますね。

少し早め行って、ゆったりとした席でのんびりお食事、いいですよ。

ぜひ!


■ 旅の情報



○ 氷川八幡神社(渡辺綱ゆかりの神社)
住所 : 埼玉県鴻巣市箕田2041

○ 宝持寺(渡辺綱が創建したお寺)
住所 : 埼玉県鴻巣市箕田2034

※ 最近本殿の改修工事が終り、さらにきらびやかなお寺になりました。

○ 和風レストラン とき
住所 : 鴻巣市箕田4043-1
電話 : 048-596-1523
営業 : 元旦を除き、年中無休!



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